Past and Future of Ooike.

歴史を知る

1970s~創業と同時に高度経済成長が終焉
苦難の下請け時代

950_00時代は日本の高度経済成長期、道路や河川の整備が集中的に行われ、コンクリート業界は活況を呈していた。
誰もがその成長が続くと信じていたこの頃、創業者である大池康五は大手メーカーの依頼をうけ、下請けとしてコンクリートブロックの製造を開始した。長野県内のコンクリートメーカーでは最も遅い創業であった。
そのわずか3年後、オイルショックにより日本の経済成長は戦後初めてマイナスとなり、高度経済成長期は幕を閉じた。
日本経済の減速により過当競争となったコンクリートブロックの価格は下落し、元請けの会社からは安く買い叩かれ、作っても作っても利益のでない奴隷のような日々が続いた。

1980s~誰にも相手にされない弱小下請けメーカーの見つけた活路

このままコンクリートブロックを作っていても未来がないと感じていた大池悦二が社長に就任すると、社長自ら直接客先を回って下請けからの脱却を目指した。
また、ブロック以外の製品をつくる為、コンクリート製品共同組合にかけあったりと四方を走り回った。
だが当時社員10数名の弱小メーカーのオーイケはどこにいっても相手にされず、いよいよ八方塞がりの状況となってしまう。
八方塞がりの状況の中、社長大池悦二の行き着いた答えは 「他社がやっていないことをやる」「他社がやっているものはより良く、より安く」 という現在につながる基本理念だった。

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1990s~「常識」にとらわれない発想力と「反骨精神」による技術開発

弱小メーカーだったオーイケには大手メーカーと違い専門知識が豊富な社員はほとんどいなかった。
そのかわりに、タイや中国など様々な価値観、経験をもった社員がいて、分け隔てなくアイディアを出す社風や強い反骨精神があった。
同業や客先に相手にされなかった悔しい経験をバネに、昼夜を問わずに製品開発、技術開発に没頭していった。
その結果1990年に、ついに独自開発したOK式ハンドホールの製造販売を開始する事となった。
これまでのコンクリートブロックは道路工事などを行う建設会社が顧客であったが、ハンドホールは電線を地中化する為の電設資材であり、売り先は電気工事店や商社であった。
長野県内にはハンドホールを製造する会社は他には無く、誰にも邪魔をされずに製造、販売をすることができたのである。
OK式ハンドホールは県内の市場を独占しただけでなく、県外でも協力メーカーとともに拡大を続け、オーイケ成長の礎となる。

OK式油水分離槽

OK式
油水分離槽

OK式浸透桝

OK式
浸透桝

OK式ハンドホール

OK式
ハンドホール

2000s~「特許」を武器にオリジナル製品を全国展開し急成長

950_00今でこそ国を挙げて知的財産戦略の取組みがされるなど「特許」の重要性は誰もが理解していることだろう。
大池社長は、2002年に知的財産基本法が導入される前から、「特許」こそが弱小企業だったオーイケを守り、成長を支えるものだと信じ、多くの「特許」「意匠」出願を積極的に行ってきた。
ハンドホールを皮切りに次々と独自の新製品を開発し、特許庁に登録された特許、意匠は180件以上にもおよぶ。
2011年には土石窯業業界の発明者注目度番付ランキング(Patent Result)において、大手メーカーが名を連ねる中で2位を獲得した。
オーイケの製品が全国展開していくにつれ、県外のメーカーとの競争や攻撃にさらされる事があったが、こうした有効な特許のおかげで、オーイケは潰されることなく成長し、ハンドホールの販売を開始した当初から現在で売上規模は10倍以上に成長した。

2010s~
現在
現在進行形で目に見えて成長していくオーイケ

コンクリート製品は1つの型枠から1日に1個ないし2個程度しか製造することができない。
急な注文に対応するには毎日コツコツ製造して、在庫を増やしていくしかない。必然的に広大な在庫置き場が必要となる。
まだ経営の安定していない下請けであったころ、現社長は当時の社長や周囲の反対の中、自ら借金をして裏山の土地を購入した。
その後ハンドホールの開発により成長を始めたオーイケは徐々に工場が手狭になっていったが、購入した山を徐々に造成し、使える敷地を拡げていくことで、会社の成長を後押しすることができたのである。

売上の拡大とともに広がっていく敷地、工場建屋、オーイケの社員は現在進行形で、会社の成長を日々目の当たりにしている。
同業他社がバブル崩壊、リーマンショックなどの経済停滞により次々に縮小、廃業している中で今もまだオーイケは成長を続けている。

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現在~
未来
人と環境の未来を考えることがオーイケの未来をつくる

オーイケはまもなく創立50周年を迎えようとしている。
創業間もなく逆風にさらされ苦難の時代を送っていたころ、創立50年をこうやって迎えようとするとはだれも想像していなかった。
オーイケがここに存在していられるのは生き残るためにどうしたらいいのか、ひとりひとりが必死に考え抜いてきたからこそである。
そしてその事は同時に人々の生活や環境にオーイケがどうすれば貢献できるのかを考える事でもあった。

オーイケの成長とともに、オーイケが社会に貢献できる手段はますます増えてきている。
2014年に太陽光発電事業に着手し、マンション開発を行う地域開発事業でも地域社会に貢献をしている。

オーイケの将来を担う新しい社員ひとりひとりが、これまで築いてきた「常識」や「限界」を超えて、オーイケがどうやって人と環境の未来に貢献できるかを考えることが、50年後のオーイケの未来をつくっていく。

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